1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/28(土) 20:52:55.89 ID:iijj4noSo
天龍主役のSS

格好良い天龍を書きたい。
よろしくお願いします。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1425124375

2: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 20:54:06.70 ID:iijj4noSo
夜の闇の中、オレは洋上を駆ける。

左手の短装砲が月に照らされた敵の急所を打ち抜くと、目の前のデカブツは悲鳴を上げて動きを止めた。

すかさず右手で軍刀を引き抜き、接近して止めを刺す。


たった今、弾を放った短装砲から立ち込める硝煙の匂い。
敵をこの手で切り裂いた高揚感。

3: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 20:54:38.01 ID:iijj4noSo
勝利の余韻に浸りながら、月を背景に・・・そう、オレはこう呟くのさ。


「硝煙の匂いが最高だなあ、オイ」


と、ここでこびり付いた奴らの血液を拭って刀を鞘へ。

へへ、決まったぜ。カッコいいだろ?

4: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 20:55:17.01 ID:iijj4noSo
なんてことをやっていると、決まって茶々を入れてくる奴が一人・・・


「天龍ちゃん、ダメよぉ~。油断しちゃあ」

俺の背後でズドン、と大きな音がする。
主砲が直撃した音だ。


どうやら敵にまだ生き残りがいたらしい。

・・・あぶねーあぶねー。

5: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 20:56:01.73 ID:iijj4noSo
龍田の攻撃を受けた敵の駆逐が、音もなく海の底へ沈んでいく。


「へっ、龍田がやってくれるって分かってたからな」

「ふ~ん、どうだか」



クス、っと笑って龍田はそれ以上何も言わない。

信頼ってやつだな、うん。

6: ◆L93P8W.L4A 2015/02/28(土) 20:56:50.50 ID:iijj4noSo
今度こそ周りに敵がいないのを確認して、っと。

「やっと作戦完了かあ、随分かかったなあ」
「そうね~、結構苦戦したわあ」


敵の戦力は大したことはなかった。

海域も鎮守府近海、ここはオレたちのホームグラウンドで。

ここに展開していた敵はせいぜい駆逐か軽巡の、しかもたまたま迷い込んできた弱っちい奴らばかり。

7: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 20:57:18.33 ID:iijj4noSo
もっとちゃっちゃと片付けるべきなんだよなあ。


「なんか、上手くいかねーよなあ」
「そうねえ」

何だか閉まらない会話をしていると、そこに馬鹿が一人。

8: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 20:59:46.33 ID:iijj4noSo
「何~、何の話し?夜戦でもするの~?」

「おめーな、夜戦なら今したばっかりだろ」


夜の闇に馴染む漆黒の髪。
それを台無しにするかのように爛々と輝く瞳。


夜戦だ夜戦だもう1戦、などと騒ぐのは、俺と同じ軽巡洋艦、川内。
通称夜戦馬鹿、だ。


何でそう呼ばれているかって?

・・・まあ、見りゃ分かるだろ。

9: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:00:15.50 ID:iijj4noSo
さっきまで二手に分かれていたんだけど。

「そっちも終わったのか」
「あの・・・はい、戦闘・・・終わりました」


はしゃぐ川内の後ろから、物静かな声。

10: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:00:51.29 ID:iijj4noSo
「神通、凄かったんだよー。私が2隻、神通が3隻撃破だからね!」

「オレと龍田も2隻ずつだから、MVPは神通だな」

「あらあら、また神通さんがMVPなのね。すご~い」


全く、毎度毎度MVPを持っていくのは、オレでも相棒の龍田でも、ましてや夜戦バカでもなく、この内気な神通と来たもんだ。


世の中おかしいぜ、ったく。

11: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:02:13.55 ID:iijj4noSo
「・・・撃破数なんて、大したことじゃありません。MVPも・・・」

まだまだ頑張らなくてはと呟く神通。


こりゃ、オレらに言っているんじゃなくて自分に言い聞かせてるな。
一番おかしいのは世の中じゃなくてコイツ、ってか。

12: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:03:10.40 ID:iijj4noSo
「にしても、何かピンとこねえんだよなあ」


鎮守府に引き返す道の途中で、さっきの龍田との会話を蒸し返す。

戦闘は勝利に終わっているし、犠牲者も出ていない。言うことなしのハズなんだが。


「あ、それ私も感じるー!」

相槌を打つのは、川内。

「せっかくの夜戦なのに、なんかこう、身体が重い?みたいな」


いや、夜戦限定じゃねーんだが。
こいつは夜戦のことしか考えてないのか?

13: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:04:09.64 ID:iijj4noSo
「そうねぇ、何ていうのかしら。もっと身体を動かせる、交わせる。当てられる。そんな感覚はあるのに、実際は上手く動けないのよねえ」

「頭の中では出来る、と思っていることが実際やってみると中途半端というか・・・そんな感覚は、あります」

川内に続いて、龍田、神通も賛同する。

14: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:05:03.15 ID:iijj4noSo
オレ、龍田、川内、神通。


鎮守府の主力である俺たちの力があれば、すぐにでも鎮守府近海の外、南西諸島の防衛ラインあたりの敵はぶっ倒せそうなものなんだ。


これは敵を甘く見てるとか、そんなんじゃないんだが・・・。

15: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:05:32.03 ID:iijj4noSo
実際は倒しても倒しても湧いてくる敵を殲滅しきれず、戦線は膠着している。

そこそこの勝利と、そこそこの敗北。


あれ、オレってこの程度だったっけ?
もっと動ける気がするのに、なんでだろ、みたいな感覚。


「修練が、足りないのでしょうか・・・」

反省するように言う神通。

16: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:06:10.12 ID:iijj4noSo
・・・おめーの練習量はもう増やしようがないだろ。

「全く、何が足りないのかねえ」


まあ、こんな会話は何度もしているわけだ。

そしていつも、とにかく頑張るしかないって感じで落ち着く。

今回もそうなるって思ってたんだが。

意外な奴が、意外な話題を出してきやがった。

17: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:06:49.23 ID:iijj4noSo
「そういえば、こういう噂知ってる?」
「アン?」


川内だ。


「恋が、私たち艦娘を強くするって噂」

「・・・お前、夜戦以外のことも考えれるんだな」

「あー、失礼だな、天龍。それじゃ私が夜戦馬鹿みたいじゃない!」


違ったのか、びっくりだぜ。

18: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:07:20.89 ID:iijj4noSo
「でもそのお話、私も聞いたことがあるわあ」

「あの・・・私も・・・」


マジで?


「本当よお、恋が実った途端活躍出来るようになったって、よその鎮守府で話題になっているみたいだわ」


へえ。オレたち艦娘は当然ながら、女しかいない。

ということは、相手の男は人間ってことになるわけで。

19: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:07:58.86 ID:iijj4noSo
「オレたちが人間の男と?ないない」


あんな奴ら、信用できるかってんだ。
オレたちを、兵器としか見ていない奴らなんか。


「じゃあ天龍ちゃんは、恋をしてみたくはないのかしら~」

ぶっ・・・

「オ、オレが恋!?冗談だろ!?」


ないない。似合わない。想像しちまって、そう思う。


全然想像が出来ないぜ・・・オレが恋?

20: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:08:36.31 ID:iijj4noSo
「そういう龍田こそどうなんだ、本当は憧れたりしてんのか?」

こ、恋に。

なんて、なんだか照れくさかったので最後まで言えなかった。


「私は、天龍ちゃんがいるからそれでいいの~」


・・・なんだそりゃ。

龍田は時々、自分の本音というか、本心を話さないことがあるからなあ。

21: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:09:15.50 ID:iijj4noSo
「でもでも、私は恋してみてもいいかなあって思うけどね!」

「マジかよ、川内」


いつの間に大人の女になりやがった!


「一緒に夜戦がやれる人となら付き合ってもいいかもしれない!」


・・・あ、違った。

自分より下のレベルの奴がいるとホッとするのは何故なんだろうな。

22: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:10:05.22 ID:iijj4noSo
「強くなれるのであれば、恋というものをしてみるべきかもしれません・・・」


神通が思いつめた様に言う。

・・・自分よりぶっ壊れた奴が近くにいると不安になるのは、何故なんだろうな。



本音を言わない龍田よりも、本音を見失っている神通の方がやっかいだ。

何とかしてやりたいと思うけど。



正直、どうしていいか分かんねえ。

川内と視線が交わる。

オレと同じ目をしていた。

23: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:10:41.24 ID:iijj4noSo
「そう言えば、明日よ。天龍ちゃん」
「何がだ」

こういう時、龍田はすげー。

雰囲気に敏感なんだな。オレよりずっと細かいところに目が行く。


「新しい提督が着任するの」
「ああ・・・」


オレはため息をつく。

川内も神通も、真顔になる。

24: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:11:26.28 ID:iijj4noSo
期待1、不安9ってところだな。

オレはこれっぽっちも期待してねーけど。


「どうせまたロクな奴じゃねーよ」
「・・・天龍さん、上官にそんな事を言うべきではありません・・・」

流石神通。
軽巡勢一番の真面目ちゃんだ。


「そうよお、ちゃんと会ってから嫌いにならないと」
「龍田お前それオレより酷くない?」


こいつ本当、人間には辛辣だな・・・。

ま、気持ちは分かるけどよ。

25: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:12:27.41 ID:iijj4noSo
前の提督がどっかに行ってから—-降格人事、ってやつだ—-もう何ヶ月だったかな。

秘書艦の仕事をやれる奴らが交代で執務をとって、何とかやれてきた。

龍田や駆逐の叢雲なんかがそうだ。それで、問題も置きなかった。



「今までどおりで良いんじゃねえの?」

「駄目よお。出撃する艦娘の数、減っちゃうでしょ~」

26: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:13:12.89 ID:iijj4noSo
執務もして、出撃もして。正直良くやるぜ。


「それとも、天龍ちゃんも手伝ってくれるのかしら」
「ヤだよ、かったりぃ~」


オレは戦場でこう、ズバっとドカっとやれりゃそれで良いのさ。

デスクワークなんて、あくびが出ちまう。

27: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:13:59.24 ID:iijj4noSo
「ふふ、天龍に秘書艦は似合わないよねえ」

と川内が笑う。
自分でもそう思うけど、こいつに言われるとそれはそれでムカつくぜ。

「うるっせえ、お前にだけは言われたくねーよ!」


艦隊が笑いに包まれる。
神通も少しだけど笑っている。これでいい。


でも、このままじゃいけないんだよなあ。


鎮守府の港にオレたちが着く頃。


『明日』はすっかり『今日』になって、朝日がオレたちを出迎えていた。

28: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:15:03.03 ID:iijj4noSo
10分ほど小休止。菱餅とってくる。

30: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:29:36.38 ID:iijj4noSo
磯風旗艦にしたら菱餅落なくなった
秋月と朝霜はくれたのに

再開します。

31: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:30:51.22 ID:iijj4noSo
「ふわぁ~あ」

「天龍ちゃん、だらしないわよ~」


帰投から4時間。
仮眠から目覚めたオレたちの活動が始まる。


「何で龍田は元気でいられるんだよ」


あくびを噛み殺し、眠い目を擦りながら歯を磨くオレ。

ついでに言えば、ヨレヨレのシャツもボタンは全開。
・・・シャツ着たまんま寝ちまったからな。

32: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:31:30.80 ID:iijj4noSo
なのに相棒はすっかり着替えを終え、ピシっとした格好をしている。


「淑女の嗜みよ、うふふ」

・・・これが女子力ってやつか、すげーな。
オレには一生真似できそうにない。あぁ、眠ぃ。


「熱いコーヒー、飲む?」
「ああ」

33: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:32:03.79 ID:iijj4noSo
10時まであと少し。

今日ばかりはシャキっとしなきゃな。

・・・最初から舐められる訳にはいかねーのさ。


パン、と両手で頬を叩いて、眠気を払って。


「よし、行くぜ!」
「は~い」


我らが提督さまの、着任のご挨拶に行こうかね。

34: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:32:39.68 ID:iijj4noSo
執務室へ向かう途中で、川内姉妹と会う。


「おう」
「あ、天龍さん、龍田さん。おはようございます」
「おはようございます~」

神通いつも通り。
夜戦の方は・・・

「朝・・・ツライ・・・うぅ・・・」


全然夜戦夜戦してなかった。

35: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:33:26.11 ID:iijj4noSo
「ったく、しゃーねえなあ」

「あらあら、さっきまでの天龍ちゃんみたい」

「おい龍田、そりゃねーだろ。今はシャキっとしてるんだから」


夜戦後の川内はいつもこんな感じだ。

「お前、寝るなよ」
「う・・・ん、頑張る」


人間は気に食わねーが、上官の前で寝るのはやばいだろ。

4人揃って、執務室の扉の前に立つ。

36: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:34:14.03 ID:iijj4noSo
「そんじゃ、行くぜ」

コンコン。ノッカーを叩いて室内へ。
・・・ちゃんと礼儀は心得ているんだぜ?


ピン、と張り詰めた空気。
既に俺たち以外の役者は勢ぞろいしていた。


時間より前に来たんだけどな。

誰も、一言も喋らないから気まずい。

37: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:36:09.64 ID:iijj4noSo
「?」

先に部屋の中にいた軽巡・夕張と目が合う。
口パクで・・・お、そ、い、・・・か。


普段遅いのはお前のくせに。

何がとは言わないけどな。

38: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:36:52.44 ID:iijj4noSo
しかし、鎮守府の主力級が揃うと凄いな。


でも、今一番存在感を放っているのはオレたち艦娘じゃあない。


この部屋の主は、部屋に入った俺たちに背を向けて、窓から見える港を見下ろしていた。

昨日、俺たちが夜戦から帰投したあたりだ。


真新しい白い軍服に制帽。

そこから覗く黒い髪。

39: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:37:45.41 ID:iijj4noSo
「全員揃ったか」

執務机の奥—-この部屋の主である提督が声を発した。

それだけで、オレたちの緊張感がいっそう深まる・・・んだけれど。


(あれ・・・?)

オレは、ちょっと驚いた。

40: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:38:28.63 ID:iijj4noSo
今までのオレたちの上官—-提督だった奴らはみんな、大本営の偉いオッサンたちだった。

ハゲだったり太っていたりと、多少の違いはあったけれど。

みんな50歳は超えてたと思う。


(若いな)

提督が発した声は、明らかに若かったのだ。
今までと違って。

だから、驚いた。

オレはまた、「ああ、また新しいオッサンが来るんだな」と思ってたからな。


提督が振り返る。

41: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:39:12.91 ID:iijj4noSo
歳の頃は・・・本当に若い。
いってて25,6位じゃないか、こりゃ。

執務机に手をついて。

「今日からこの鎮守府の提督に着任した。みんな、よろしく頼むよ」


文化系の顔立ち。
短く切り揃えられた黒髪に、理知的な瞳。
顔のイメージにぴったりな静かな声で、提督はオレたちにそう言って笑って見せた。


ズキン。

42: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:39:41.96 ID:iijj4noSo
あれ、胸が痛いや。どうしたんだろう?


前に戦闘で不覚を取って、軽巡ホ級の砲撃を受けた時の痛さとは違う。

何て言うのかな、心臓に矢を射られた様な、そんな感じが一瞬した。


予想と違うタイプの上官が来て、緊張しているのかな、オレともあろうものが。

43: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:41:22.17 ID:iijj4noSo
左右をチラっと見ても、済ました龍田たちの顔があるだけで。

特に変わったところは何もない様に思えた。


まあでも、歳なんて関係ないさ。

今までの提督は、着任してそうそう偉そうにお説教を垂れてきた。

44: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:41:59.26 ID:iijj4noSo
やれ、自分が来たからには楽をさせないとか。

お国を守る戦いの名誉がどうだの。

その為に死ぬ覚悟がキサマらにはどうの。

気合があれば深海棲艦どもなぞものの数ではないと言ったやつもいたな。



・・・なら、お前が戦ってみろっての。

でも目の前の提督は、そんなオレの予想をまたも裏切った。

45: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:42:27.52 ID:iijj4noSo
ふむ、とため息を一つ。
自分の隣に控える秘書艦に向かって言い放った。


「・・・で、俺はこれ以上何を言えばいいのかな?」
「は?」

思わず声が出る。

「て、天龍ちゃん」

小声で龍田が叱ってくるけれど、もう遅い。

46: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:43:57.73 ID:iijj4noSo
こちらに顔を向けた提督と視線が合う。

・・・ズキン。

ああ、まただ、ちくしょう。


「何かな、ええと」
「て、天龍だ」
「そうか。天龍、意見があるなら言ってくれたまえ」


げ、何を言えばいいんだ、これ。

すがる思いで隣を見ると、龍田が自分の額に手をやって、完全に呆れていた。

・・・オレだって好きで目を付けられたんじゃないっての。

47: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:44:38.10 ID:iijj4noSo
「アンタが間抜けなこと言うから、呆れられているんでしょうが」


助けはオレの斜め前の方・・・秘書艦の机から寄越された。

さっき提督が相談した相手。

秘書艦の叢雲がいつも通り不機嫌そうな声で言う。


「いや、そんなことは無いぜ・・・です」
「敬語は無くて構わないよ」

そんな事言われてもなあ・・・。

48: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:45:23.66 ID:iijj4noSo
秘書艦さまは腕を組んで、顎を上げてこちらに合図してくる。

アンタが喋りなさい、ということだろう。


「今までの提督は着任の挨拶に、おせっきょ・・・じゃなくて、戦いの心構えのようなものをおしえてくれた・・・です」

久々の敬語は・・・悲惨だなこりゃ。

「敬語は無くていいって言ったのに」

ニコリと白い歯を見せて、提督が笑った。

恥ずかしくて顔が熱くなる。

49: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:46:05.03 ID:iijj4noSo
「さてさて。心構え、心構え、ね」

コツコツコツ、と軍靴で床を鳴らしながら、提督が自身の周りを行ったり来たり。


その姿がまるで舞台役者の様で、オレたちは自然と惹き込まれてしまう。

室内は、さっきまでと違った緊張感に満ちていた。

50: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:46:40.01 ID:iijj4noSo
コツ、コツ、コツ。

恐怖、恐れ、不安から、この人は一体何を言うんだろうという期待へ。



コツ、コツ、コツ。
オレたちは、これから始まる劇を一瞬たりとも見逃すまい、と食い入るようにして提督を見つめていた。



コツ。
足音が止んだ。

51: ◆TD8XgNJhE2 2015/02/28(土) 21:48:14.19 ID:iijj4noSo
ああ、これにしようと提督が呟いて。

ピン、と人差し指だけ立てて、こう言った。



「みんな、沈むな。これだけだ」



え、どういう事?
みんなが同じ疑問を抱いたであろう瞬間。


提督の言葉に、ふん、と鼻を鳴らしたのは秘書艦の叢雲だ。

不機嫌そうに顔をしかめている。

だけどどこか満足そうに見えるのはオレの気のせいだろうか?

52: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:48:59.11 ID:iijj4noSo
「ああ、あと、お説教はない。いいね?」

そう言ってオレの方を見て、ニヤっと笑う。
からかわれている・・・のか?



「あ、あの。提督。質問よろしいでしょうか」

「いいとも。君は?」

「軽巡・夕張です」

耐え切れない、といった感じで夕張が喋りだした。

53: ◆L93P8W.L4A 2015/02/28(土) 21:49:41.00 ID:iijj4noSo
「沈むな、とは?」
「文字通り、さ。君たちは敵の攻撃をある程度、身につけた艤装で守れると聞いている」


それはもちろん、そうだ。

艤装を纏えないオレたちなんて、それじゃ人間と変わらない。

艤装があるからこそ、奴ら・・・深海棲艦と闘うことができるのだから。



ん?
『聞いている』って、軍人ならみんな、知ってて当然じゃあないか?

54: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:50:25.59 ID:iijj4noSo
オレたち艦娘の情報は、一般には存在すら秘匿されているけれど、軍人はそうじゃない・・・と、昔龍田が言っていたような。


「でも、限度があるのだろう?」
「はい、航行不能になった状態で敵の攻撃を受けると、私たちは沈みます」

今度は、神通が答える。
神通にしては強い返事。



「だから、沈まないようにして欲しい。俺が今言えるのはそれだけさ」

どういうことだ?

55: ◆PpcK/F4XZg 2015/02/28(土) 21:50:55.55 ID:iijj4noSo
「それは、敵を倒すまで沈むなって、そういうことか?」

今度の質問はオレから。
もう敬語なんて頭からすっ飛んじまっているけど、知るか。


オレの質問に提督は首を振って、こう答える。

56: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:52:55.51 ID:iijj4noSo
「それは、敵を倒すまで沈むなって、そういうことか?」

今度の質問はオレから。
もう敬語なんて頭からすっ飛んじまっているけど、知るか。

オレの質問に提督は首を振って、こう答える。

57: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:53:43.10 ID:iijj4noSo
「何でそうなるかな・・・。俺は、君たちに沈んで欲しくない、生きていて欲しい・・・もちろん、戦争で勝つことは重要だけどね」

「だからといって、勝つために君たちが沈んでもいいと思っている訳じゃない・・・こう言えば伝わるかな?」


呆気にとられる。
オレだけじゃない、執務室にいる艦娘たち全員がだ。

58: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:54:30.68 ID:iijj4noSo
意味がわからない。
でも、そう思ったのはオレたち艦娘側だけではないようだ。


提督もまた、オレたちの反応を見て、驚いた顔をしていた。


「なんで意外そうな顔をするのかな。沈めって言われると思った?」
「ああ、そのほうが予想通りだったぜ」

「て、天龍ちゃん!」
「今までの奴らは、1人2人の艦娘が沈んでも、勝利できるなら安いものだと思ってたみたいだからな」

59: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:55:10.78 ID:iijj4noSo
まずいかな、と思ったけれどオレの口は止まらない。

「撤退を進言しても受け入れられなかった時もあったし。現に・・・」
「天龍さん」

神通の突き刺さるような声に、我に返る。

「・・・わりぃ」

何やってるんだ、オレ。

60: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:55:59.03 ID:iijj4noSo
「要するに、今までの提督にはそう言われてきたんだ。沈んででも敵を倒せってね」

これには、まわりの全員が頷く。



「なるほど、分かった」

頷いて、提督がさらに話を続ける。

「じゃあその考えは捨ててもらっていい。仲間の安全を第一に考えること。危なくなったら撤退すること。決して沈むな。これは、今この場にいない艦娘たちにも伝えて欲しい。以上だ」


叢雲が一歩前に来て、ポカンとしているオレたちに言い切った。

61: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:56:39.21 ID:iijj4noSo
「このあと任務が控えている人たちは、任務票を受け取って確認して。今日から任務の完了報告は秘書艦じゃなくって、提督にというのを忘れないこと。じゃあ、解散ね。」


もう何も答えられないまま、勢いに乗せられてオレたちは退出しようとする。

今日は何もかも、予想外のことばっかりだ。

62: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:57:12.55 ID:iijj4noSo
「ああ、それから」


でも、一番の予想外はこの時、オレたちの間に爆弾のように落とされたのだ。

もちろん、落とし主は我らが新しい、お若い提督さまだ。

63: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:57:43.05 ID:iijj4noSo
「俺、この前まで軍人じゃなかったから、軍事については素人なんだ。君たちの戦いに方口は出さない。進軍や撤退の指示は出すけれど、現場の判断は現場で、ね?」

何なんだよ、もう。


意味不明なことが起こりすぎて。

部屋を出る頃には、オレはさっき感じた痛みのことなんて、すっかり忘れてしまっていたのだった。

64: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 21:59:58.95 ID:iijj4noSo
「うさんくせー」
「もう、天龍ちゃん。そんな事言っちゃ駄目よ~?」


午後の出撃に備えて、オレたちは食堂【間宮】で食事をとっていた。


「だってよぉ。『沈むな、それだけだー』だぜ?」
「確かに、初めて見るタイプだよねー!」


すっかり元気になった川内が、昼飯をかっ込みながらそう答える。

65: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:01:13.89 ID:iijj4noSo
「私は、今までの提督に比べてみると随分いい人に見えるけど?」


と夕張。
コイツは午後から工房にこもる気の様で、上機嫌だ。


意外と提督の挨拶が好印象だったらしい。

夕張の発言を受けて、今度は珍しく神通が語る。

66: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:01:50.21 ID:iijj4noSo
「確かに・・・そうかもしれません。今までの提督は、その・・・」

まあ、流石に悪口は言いづらいのか、途中で黙ってしまったけれども。

「まあ、確かに今までのオッサンより大分若くて、見てくれも良かったけれどよ」


あれと比べりゃ、大抵の男はブサイクに見えてしまう。

引き合いに出すのは可哀想、ってんもんだ。

オレがそういうと、神通がキョトン、とした顔でこう言った。

67: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:02:42.24 ID:iijj4noSo
「い、いえ、外見ではなく・・・その。『艦隊の指図はしない』とおっしゃった所が気になったのですが・・・」

うげ、そっちの方か。


「あらら~、天龍ちゃ~ん?」

こうなると、龍田がめんどくさいんだよなあ・・・。

68: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:04:19.07 ID:iijj4noSo
「なんで外見のことだと思ったのかしら~?もしかして~」

「な、何だよ。何でもないって」

「でも、しばらく目が合っていたでしょう?」


オレのこと良く見てるな、コイツは。

「思わず声が出ちまったからな、でも何でもねーって」

69: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:04:47.80 ID:iijj4noSo
慌てて否定するオレ。ないない。確かにその、ちょっと・・・

「結構格好良い方だよねえ。いっぱい夜戦させてくれるなら私はアリかも!」



そうそう、格好いい方だとは、思う。

・・・って、オレこの夜戦馬鹿と同レベルなのか?


考えていることが同レベルなのか?
・・・最悪だ。

70: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:06:16.59 ID:iijj4noSo
川内にとって提督は、夜戦させてもらえるかどうかが重要みたいだ。
見かねて夕張が口を挟む。


「あのねえ。進撃や撤退の判断はするって話でしょ。なら、夜戦やるかどうかも提督が判断するってことよ」

「あの・・・その中で、戦闘に入ったら余計な口出しはしない、ということだと思います」

「ああ、多分そういうことだろうな」



呆れ口調で話す夕張と、真面目に分析する神通にオレがそう答える。

71: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:10:03.85 ID:iijj4noSo
「なーんだ、そういう事か。指図しない、しか聞いてなかったからいっぱい夜戦できると思ってたのに。提督、つまんないや」


・・・こいつ、眠い中で聞いていたから、自分の都合の良いところしか聞いてなかったな?


「それでも、やっぱり今までの人たちとは違うわよねえ。外見以外でも?」


うふふ、と笑いながらこちらを見てくる龍田。

ちくしょう、まだからかう気かよ。
あえて挑発には乗らないようにして、オレは答える。

72: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:11:13.96 ID:iijj4noSo
「『沈まないように』ってのと、『判断は現場に』ってな」
「今までの提督は、何事にも俺様、俺様だったからねえ」


夕張がため息を漏らす。そういえば、こいつも秘書艦をやっていたことがあったな。

オレ以上に苦労もしたんだろう。


オレたち艦娘の間で今までの提督・・・前任者たちの評価は、とかく良くない。


「玉砕してでも敵を沈めろだの、トンチンカンな指示だの。酷かったからなあ」

「軍艦と艦娘を同じに考えているんですもの。困ったわ~」

73: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:12:00.67 ID:iijj4noSo
そうそう。陣形を組む時だって、お互いの感覚を数十メートル空けよ、とかな。

軍艦ならともかく、艦娘がそんなことやったらたちまち深海棲艦どもに各個撃破されて海の藻屑だっての。


「あなたたちはまで良いわ。私の秘書艦時代なんてもっと酷かったんだから」

「へえ、どんな」

74: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:12:47.28 ID:iijj4noSo
「開発の許可貰いに行くでしょ、そうすると『資材がないから出来るわけがない』って不許可。
無茶な出撃を繰り返して資材を使ったのは自分のくせにね。で、その後の戦いで装備が足りなくて負けて、私に言ったのよ」

「『どうして装備を用意しておかなかった』ってね。あ~ん、もう!思い出すだけでもも怒れてきちゃう!!」


頭をガシガシ掻いて夕張がまくし立てる。
・・・こりゃあ相当、腹が立ったんだろうな。

75: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:13:46.03 ID:iijj4noSo
「そうなると、今回の提督は信頼して良さそうなのかな」
「どうかねえ、今までよりもマシ、なんじゃねーか」

うさんくせえ、という評価は保留かな。


「そうねー、でも、口だけなら何とも言えるわあ」

さっきオレを注意した龍田の方が辛辣な評価か。


「うるさく言われないってのはいいかもしれないけれど。無責任なのは困るし」

と、夕張。


「み、みなさん・・・。上官は、その、信頼するものです・・・」

オレたちにと言うより、自分に言い聞かせる形の神通。



そんな事、オレたち中で一番思ってないくせにな。

76: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:14:42.72 ID:iijj4noSo
そんなこんあんで、オレたちが新しい提督談義に花を咲かせていると。


「あー、天龍。こんなところにいたのね!」
『天龍』と言うより『てんりゅー』と聞こえる、舌っ足らずな声。


オレたちを見つけたチビどもが、とことこと駆け寄ってくる。

77: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:15:18.20 ID:iijj4noSo
「もう、天龍、探したんだからね!」

「そろそろ出撃の時間よ、雷に任せておいて!」

「はわわ、龍田さんもおはようなのです」

「ハラショー」



「うふふ、みんな、おはよ~ございます」
「いっけねえ、もうこんな時間か。準備して行かなきゃな」

川内たちに別れを告げて、オレと龍田はチビどもと【間宮】を出る。

78: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:16:40.94 ID:iijj4noSo
暁、響、雷、電。

遠征任務や近海の出撃は、このチビどもと一緒なのが多い。

おかげですっかり懐かれちまった。

・・・にしても、オレは『天龍』で龍田は『龍田さん』なのは、どういう事なんだろうな?


「うふふ、それだけ好かれているってことよ~?」

79: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:17:24.40 ID:iijj4noSo
「天龍、早くしないと置いていっちゃうんだから!」

「今行くよ、チビども」

「あ、暁はもう子供じゃないって言ってるでしょ!」


・・・まあ、悪い気はしないけどよ。
・・・にしても龍田、お前はオレの考えが読めるのか?


さて。

新しい提督の評価も気になるけれど。

まずはいつも通り、いつもの任務をこなして行きますかね。


「天龍水雷戦隊、抜錨だ!」

80: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:17:56.04 ID:iijj4noSo
それから数日は、いつも通りだった。

暁たちチビどもと出撃して、川内たちと南西諸島の防衛ラインに出張って、時には夜戦を敢行して。

・・・それでも、敵が多すぎて倒しきれずに撤退して。



そこそこの勝利と、動かない戦線。
膠着状態。

81: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:19:21.82 ID:iijj4noSo
勝てそうで、勝ちきれない。

もっともっと動けそうで、実際にはそんなに動けない、このモヤモヤ感。
オレの火力は、こんなもんじゃない。オレの回避能力、装甲、耐久は・・・。

・・・そんな感覚があることも含めて、いつも通りだった。


今日もこれからチビどもと一緒に任務をこなして、鎮守府へと返る。
鎮守府近海の敵を掃討する、いつも通りの任務だ。

82: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:20:17.76 ID:iijj4noSo
「まだおかしな指示は出されないな」
「そうねえ、本当に出撃、進撃、撤退くらいしか」


奴が着任してから、オレたちに出した指示は本当にそれだけ。

・・・まあ、難しい局面もなかったしな。
誰かが大破するような危機もなかったし、誰が出してもそうなると言うような指示だけ。


「天龍、どうしたのですか?」

そう言って隣に駆け寄ってきたのは、チビどもの末っ子、電だ。

83: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:21:32.22 ID:iijj4noSo
「ああ、新しい提督の話しさ」
「それ、私も気になるわ!どんな司令官なの?」

電の後に元気よく駆けてきたのは雷。
電と外見は似ているけど、性格は正反対だ。

「ちょっと、暁を仲間はずれにしちゃ駄目なんだから!」
「ハラショー」
「ああもう、1辺に集まるな、うっとうしい!」


「あらあら、天龍ちゃん、人気者ね~?」

笑って見てないで助けろ、龍田。

84: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:22:32.32 ID:iijj4noSo
提督の着任日、あの部屋に呼ばれたのは鎮守府の主力級たちだけだ。

駆逐のチビどもは呼ばれていない。


だからいっそう、新しい提督のことが気になるのかもしれない。

「はわわ、また怖い人だったら、嫌なのです・・・」
「うーん、そうね。でも問題ないわ、雷が電を助けてあげるから!」
「こ、怖くなんかないし、へっちゃらだし」
「私も気になるかな」


あの無口な響でさえこれだ、相当気になるんだろうな。

85: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:23:12.37 ID:iijj4noSo
「電は、やっぱりこわいか」
「はわわ、ごめんなさい、なのです・・・」
「大丈夫よお、いざとなったら天龍ちゃんが守ってくれますからね~?」

そう言って龍田が電の頭を撫でる。


「へへ、任せとけって」
オレの方はというと、さっきからスカートの裾を掴んでくる誰かさんの頭を撫でてやる。


「ちょ、ちょっと。子供扱いしないでよね。暁は立派なれでぃなんだから!」
「暁、レディは自分でそんな事言わない」


・・・響の方がよっぽどレディだぜ。

86: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:24:02.52 ID:iijj4noSo
「それで、どうなの。新しい司令官は、やっぱり怖い?」

あの元気な雷でさえ、ちょっと怯えてる。
そりゃそうだろうな、とオレは思った。


何せ、今までの提督たちはこんなチビどもにまで怒鳴り散らしていたんだから。

中破、大破して作戦途中で帰投したときなんか、電が泣き出して困ったもんだ。

87: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:24:49.11 ID:iijj4noSo
「あの時は天龍ちゃんを止めるのに必死だったわあ~」

うん、止められていなかったら確実に上官をぶん殴っていただろうし。


チビどもが大破しているのに進撃しようとする奴もいたくらいだ。

・・・それからは、オレがバレないように艦隊の損害を誇張して、前もって撤退してたっけ。

提督不在の間、艦娘たちで秘書艦を回していた時はいらない気遣いだったけれど。


さてさて、これからはどうかねえ。


88: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:25:58.47 ID:iijj4noSo
チビどもの質問に答える。

「どうだろうな、新任の挨拶では『お前たちは沈むな』って言ってたけどよ」
「じゃあ、良い人って言うこと?」
「だから、言ったろ。どうだろうなって。まだわからないって」


雷の問いに答えられるほど、アイツを良く知っている訳じゃない。

今のところ会話らしい会話をしたのは最初の日だけで、後は任務の報告をしたくらいだ。

向こうも忙しいのか、聞き役に徹するだけで何も話しかけては来なかった。

89: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:26:36.72 ID:iijj4noSo
でも、沈んで欲しくない、か。

あの時の台詞と笑顔を、オレは結構いいと思った。


・・・ズキン。
あれ、まただ。

そういえば、この胸の痛みはなんだろう。
提督が着任したあの日も感じたな、そう言えば。

90: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:27:29.16 ID:iijj4noSo
「あー、天龍が赤くなってるぅ!」
「あら~?天龍ちゃん?」
「え、な、ち、違うぞ!これは!」
慌てて否定するオレ。

「キャー、ハレンチだわ」
「天龍、知ってる。それは一目惚れというやつだよ」


ええ、そうなのか?
オレが人間の、男を?


・・・馬鹿な。

91: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:28:06.24 ID:iijj4noSo
オレがありえない可能性について真剣に悩んでいると。

「ウププ・・・」
「はわ、笑っちゃダメなのです!」
「うふふ~、天龍ちゃんたら、可愛いいわあ」


みんなが戸惑うオレをみて笑っていた。

「あ、お前ら!オレを担ぎやがったな!?」
「引っかかる方が悪いんだから」
「天龍は、おもしろいな」


やっぱり気のせいじゃねーか。
逃げるチビどもを追いかけながら、オレは胸の痛みの理由をそう結論付けたのさ。

92: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:28:43.98 ID:iijj4noSo
奇しくも、提督の評価を下す日はこの日に訪れた。

「よっしゃ、戦闘終了だな」

最後に残った駆逐イ級が沈んでいくのを確認して、オレは叫ぶ。

目的地までの道中で起こった戦闘はこれで3回。

進撃すれば今回の目標、鎮守府外延をうろついている敵水雷戦隊をぶったたけるだろう。

93: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:29:28.15 ID:iijj4noSo
「チビどもは大丈夫か?」

そういえば、暁や雷が被弾していたな。
損害を確認するために、オレは一度艦隊に招集をかける。

「天龍ちゃん、今行くわ~」
「あ、暁はへっちゃらよ!」
「私もまだいけるわ!」
暁、雷は、うーん。中破ってところだな。


「電は大丈夫なのです」
「ハラショー、問題ない」

電、響は大した損傷はない、か。
こいつらは避けるのが上手いからな。

94: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:30:58.21 ID:iijj4noSo
難しいところだ。

今後のことを考えると、倒しても倒しても湧いてくる奴らを少しでも叩いておきたい。
中破ならまだ戦えるし、そう簡単に沈みやしない。でも。


もしこの先の水雷戦隊を倒したところで大破したら、帰りが危ない。
来た道を引き返すとは言え、新たな敵が出てくるかも知れないしな。



「天龍ちゃん、どうするの~?」

オレの考えが決まったのを見てとったのか、すかさず龍田が聞いてくる。

95: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:31:41.07 ID:iijj4noSo
「よし、て・・・」
撤退、と言いかけたところで思い出す。

「ああ、そうだった。提督に報告しなきゃな」

提督不在の間は進軍も撤退も旗艦判断だったから忘れてたけど。
これからは報告して、判断を仰がなきゃいけないんだった。


「そういえば、そうだったわね~。私、報告しておくわ~」
「頼む」

96: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:32:24.57 ID:iijj4noSo
龍田が電探を操り、鎮守府にいる提督へと艦隊状況の報告を始める。
これにより、提督からの指示—-今回は進撃か撤退か—-が届く。


さて、どう出るか。

奴の初日の言葉を信じるなら、撤退の指示が来るだろう。
少しでも、艦娘の轟沈を防ぎたいなら。


でも、あれがお為ごかしの出任せだったら?

97: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:33:28.68 ID:iijj4noSo
中破が出ているとは言え、まだ艦隊は戦える状態だ。

あわよくば進撃して、敵を叩いておきたいと思うのも当然。



ただオレは、チビどもの安全を最優先した結果、撤退という選択肢を選んだ。

さて、じゃあ提督の方はどうだ?

指示が届くまで、ほんの1分ほどだったと思う。

けれども、オレにはその時間が何時間もたったか、と思うほど長く感じた。

98: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:34:08.49 ID:iijj4noSo
ガガ、ガガガ。
龍田が持つ電探にメッセージが届く。


「龍田、指示は?」
「撤退、よ。天龍ちゃん」


どこかで、ホっとしている自分がいた。

99: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:34:45.66 ID:iijj4noSo
進撃を諦め、鎮守府へと帰投する道中で、オレたちは話し合った。

「やっぱり良い人なんじゃない、新しい司令官は」
「そうだね、信頼できる、のかな?」

撤退、の指示を聞いて雷たち駆逐艦の奴らが言う。


さあ、どうだかな。

100: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:35:25.55 ID:iijj4noSo
撤退の指示を出しておいて、実際オレたちが撤退したら怒り出すやつもいたなあと、オレは思い出していた。

責任逃れというやつだろうか。

失敗したときのことを考えて、「自分は撤退の指示をだしたが、艦娘たちが勝手に進撃した」
ということにしたかったらしい。もちろん、勝利したら自分の手柄だ。


アイツは、そういうことをしそうにないけどな。

101: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:36:18.95 ID:iijj4noSo
・・・何を考えているんだ、オレは。
提督を信用できるかどうか、まだ決まったわけじゃないじゃないか。


「どうしたの~、天龍ちゃん?」
「いや、提督が本当に信用できるのか。迷っててさ」

「そうね~。この撤退はいい判断だと思うけど」
「オレだってそうさ。だけどこれだけじゃ」

「材料が足りないわ~。でも、それはこれから時間をかけて・・・」

102: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:36:45.15 ID:iijj4noSo
そう、時間をかけて見極めればいい。それは分かっているけれど。
あいにくオレは龍田ほど気が長くはないんだ。


「いっちょ、試してみるか」
「は?」

真顔できょとん、とする龍田の顔なんて、久々に見た。

「天龍ちゃんが何か、良くないことを考えているわ~」
「ちょっと、試してみるだけさ」

へへ、とイタズラっぽい笑みを浮かべて、オレはそう呟いた。

103: ◆VmgLZocIfs 2015/02/28(土) 22:39:07.87 ID:iijj4noSo
本日分はここまで。
できれば明日、一気に投下して完結させたいですね。

では、読んでくださった方ありがとうございました。




天龍「オレと、提督の恋」中編



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